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昭和建設社長 氏間和昭を紹介します。

氏間和昭


こんにちは社長の氏間和昭です
誕生日
昭和16年9月8日生まれ
趣味
写真 山歩き
役歴
全国視覚障害児親の会
副会長全国視覚障害児親の会
愛媛県支部長松山盲学校PTA会長

作品

石鎚山


昭和建設社長 氏間和昭を紹介します。

 氏間伊四郎(ぼくのおじいちゃん)が戦争に行くときに おばあちゃんのお腹の中にいた我が子が男の子だったら 「日本は戦争に負ける、ぼくも帰ってこれないし 昭和の時代は終わる! これから我が子の人生は始まるので昭和の逆の「和昭」と付けなさい」といって出兵していき、戦死して帰ってこれませんでした。 


中学卒業時

 船の無線学校へ1年いったが、むいてなく辞める。 昔から手先が器用で物作りがすきだったので、上野タンス店に入社、家具職人になる。他の職人の倍の早さで家具をつくっていたそうです。

人生の転換期

 27才の時結婚、長女が生まれ、待望の長男が生まれた。この時人生の転機を迎える。ぼくの兄が生まれつき視覚障害があり、手術するのに多額の手術費がかかる。でも今の給料じゃ払えないので、母の兄が京都で経営する型枠屋に出稼ぎにでる。そこで手術費を稼ぎ、手術も成功、型枠職人としても1人前になる。

帰郷後

 地元工務店に入社。型枠職人、現場監督をする一方、もともと家具職人の経歴をいかし大工工事も覚えて、棟梁になる。
 しかし会社のいい加減な体質が合わず「もっと自分の思う通りの、いい家を造りたい」という気持ちが強くなり退社独立する。

独立後

 何もない所からスタート。 社長と母、2人で近所の屋根替え工事が最初の工事だったそうです。そこから大手建設会社、不動産会社の下請けをする一方、お客さまからの直接工事も頼まれることが多くなる。

成長期

 自社で不動産部をつくり、自社の建て売りに不動産会社の下請けを含め年間20棟近くする年も。 2×4工法の施工販売も地元で一番早くはじめる。 
業務拡張に伴い保内に愛媛県でもトップクラスの新工場を建設する。

転換期

 あまりの激務に、突発難聴や心臓を患い入退院を繰り返し、さらに脳梗塞で倒れる。そこで京都で修行中の次男貴則を何度も説得し、入院後1年近くたってようやく帰郷させる。  完全自社設計に切り替え、不動産屋の下請けをやめる。順調に建て替え受注が増える。

低迷期

 ハウスメーカーの進出に伴い、しだいに仕事が減少

木造3階建てモデルハウス建設

 仕事が減り、事務所を建て替え、地域性に合わせて木造3階建てのモデルハウスを建設して、順調に木造3階建ての受注が増える。業績回復する。 

高気密高断熱工法の開発

 スーパーウォール工法、気密ダイライト工法の認定店となる
 その後、高気密高断熱工法の技術を吸収し、2×4工法の技術をプラスして
昭和建設独自の高気密高断熱工法を開発し、「大きな吹き抜け」「リビング階段」をとっても「夏 涼しい」「冬 暖かい」家を作る。
 メーカー系同工法に比べて坪5万円~以上のコストダウンをはかる。

不況のなかでも業績アップ 地域一番店に!

 地元工務店がハウスメーカーの進出、公共工事の減少により業績を落とすなか、昭和建設は自社の高気密高断熱こだわりの家「オンリーワンハウス」と新規に開設した「1級建築士事務所 氏間貴則設計研究室」のこだわりプラン
を中心に平成15年度は売上前年比163%のアップを実現! 地元工務店
では確認申請数もトップになり、一般住宅売上も地域一番店になる。

さらなる飛躍を目指して

現在、地域一番のホームビルダーの座を不動のものにするために、
更なるこだわりの家を常に勉強、開発をしています。
現在 お客さまニーズに合わせてリフォーム事業部も開設に向けて準備中です

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